「例えばパテントの取得をM&Aの目的にしたら、金融資産を買うようなものだ。新たなリソースを得て事業を発展させるための買収なのだから、真の目的は人材を買うことである」。
かりに人材不足が常態化した時世にあって、雇用確保が約束されないなど人事上の不利益が想定され、売却側の幹部やキーパーソンに退職されたらどうなるのか。
幹部クラスを早期に補充するには、通常は人材紹介会社を起用するが、年俸800万円で10人を採用すれば、紹介手数料を年俸の25%として「200万円×10人=2000万円」もの支払いが発生する。しかも、その10人に顧客がついているとは限らない。
OAGは経営幹部などキーパーソンの退職リスクをデューデリジェンスで見極めるが、一方で売却側の経営者も、売却の意思決定に至った経緯について、公表前にあらかじめ少数の幹部に説明して人心の掌握に努めるようになったという。「社内の誰ひとりとして公表前に知らされずに売却されると、モチベーションが下がってしまい、その後の経営は上手くいかない」(太田氏)のが実情である。
買収後に人員整理をして身軽な体制につくり変えるのは、もはや、ひと昔前の手法となった。「そんなことをしたら金の卵がどんどん逃げてしまう」(太田氏)。今では雇用の維持を約束したうえで、給与水準をアップさせるのが常道である。
それは、同時に売却側の経営者が望む施策でもあるという。
「多くの経営者は自分の会社を売却したのちに、より良い会社に成長してほしいと望んでいる。だから、業績を伸ばしてくれることを期待できる相手かどうかを重視している」(太田氏)。
いわば自分と気脈の通じる経営者に売却したいと思うものなのだ。しかし、経営者によって判断の基準は一様でない。
例えば、売却側がより高い価格での譲渡を考えるのは当然だが、最重視するのは売却価格か、買収側経営者の人物か、経営者によって判断基準はさまざまである。しかも、いざ意思決定を下す段におよぶと、価格最重視の経営者が途端に人物を気にし始め、あるいは「金ではない」と明言していた経営者が、今度は価格にこだわり出す。豹変するケースもけっして少なくない。
太田氏は「彼らはウソをついているのではない。人間の言葉の裏にはいろいろな思いがあるので、M&Aアドバイザリー会社は“この経営者はこういう売却を望んでいるのだろうか”と読み取らないとピントがズレてしまう」と打ち明ける。
OAGには、M&Aアドバイザリー件数のみを拡大させる方針はないようだ。買収側と売却側それぞれの提示価格が合致し、相互のリソースに相乗効果を認められても、組織風土の相性が芳しくないと判断すれば、あえてアドバイザリー業務を請け負わない。良縁ではないからだ。
売却側のリソースや組織風土と自社との親和性について判断力を持たない経営者が、案件を求めてOAGを訪ねてくることも多いが、これもアドバイザリー業務を請け負わない。あるいは、買収資金として銀行融資を取り付けて訪ねてきても、それが経営能力に乏しい人物であれば、買収そのものを断念させている。
太田氏は「M&Aアドバイザリー機関として手数料を得られれば、それでよいというわけではない。ビジネスモラルというものがある。M&Aの失敗の多くは買い手責任と言われるが、アドバイザリーの責任もあると思う」と結んだ。
取材・文/経済ジャーナリスト・小野貴史