売却条件に雇用継続を盛り込む企業が増加した
成約の可否は「売り手側と買い手側の希望に2倍以上の開きがあることも少なくない」(剱氏)という価格の折り合いだけでなく、買収後の展開を描けるかどうかに、大きく左右される。晴山氏は次にように説明する。
「一般に、純資産に2~3年分の営業利益を加算した額を算定しますが、それ以上の価格で売りたいと希望する経営者もいます。買い手にとっては、相場以上の価格で買収しても、それ以上の企業価値を創出できるかどうかが重要です。現在の利回りよりも、たとえば3店舗を買収してから20店舗に拡大できる戦略を描けるかどうかで、マッチングが決まる傾向にあります」。
売却側にとっては、従業員の処遇も気がかりで、雇用継続を売却の条件に盛り込む例も多い。たとえ人手不足がつづく時世でも、これまで尽くしてくれた従業員が余剰人員に扱われないかと不安がよぎるのだ。
「売り手側の経営者は、新しい経営体制のもとで従業員の給料や役職が保障されて、末永く幸せに働きつづけられる企業にお渡ししたいという意向を持っていると思います。買い手には雇用や処遇で波風を立てないほうがよいことを助言しています。私も複数の企業を譲渡した経験がありますが、どの案件でも、当初1年間は従業員の給料を現状維持にしていただくことを条件にしました。2年目以降は、売却先の人事評価制度に従って変更していただいて結構ですが、1年目は従業員が不安を抱かずに働けるようにと留意したのです」(晴山氏)。
ランチェスター戦略で業態・メニューを絞り込む
成約には意外なハードルも潜んでいる。契約当事者の経営権が変更された場合に契約を解除できるチェンジ・オブ・コントロール条項だ。同社にはこんなケースがあった。大手不動産企業系列のホテルに入居していた飲食店の売却が合意に達したのだが、チェンジ・オブ・コントロール条項によって、経営権が変更するならテナント契約を解除すると申し渡され、M&Aを断念せざるをえなくなったのだ。
しかも物件オーナーは、テナントの買収側が上場企業だから承諾するとは限らない。剱氏は「上場企業でも風評が芳しくなければ、その傘下がテナントに入ることを嫌がるオーナーがいます」と打ち明ける。
同社が手がけるM&Aには、晴山氏が保有する事業再生ノウハウが注入される。晴山氏はNPO法人ランチェスター協会公認インストラクター資格をもち、ランチェスター戦略によって事業を絞り込んで、企業価値を向上させる手法に精通している。
「事業カテゴリーを絞り込んで、尖った企業に変えたほうが価値は上がります。メニュー数が20種類ある飲食店なら10種類に絞り込むとか、複数の業態を展開していたら当たっている業態に絞り込むとか、やめる勇気をもつことが大切です」。
小規模飲食店のM&Aに、ランチェスター戦略で企業価値を高めるという手法を取り入れたテンポジンパーソナルエージェントには、外食市場の底上げを期待したい。